志について

自分は何のために生きているのか?

自分は何のために死ぬのか?

私の本当のこの人生の目的はなに?

自分は一体なにものなのか?

人は皆、何らかの使命、目的を持ってこの世に生まれてきたはずです。しかしほとんどの人(99%の人)は、周り(他人)の意見や誰かが作った枠やルールなどに左右され縛られて、行く先を見失っているのではないでしょうか。一生懸命生きていても、目的がなければ彷徨っていることと同じです。

かつて日本の男子(武士の子)は、14歳頃に元服という行事があり、「志を立てる」という立志式がありました。この「志」こそが生きる目的であり、そのために死んでも悔いのない、人生を全うできるものなのです。この立志式を経て、男の子から一人の男・大人として認められたのです。

現代、戦後のGHQ政策(日本人の精神性を弱体化させるものと言われています)によって、この「志」という言葉が教科書から消されて「夢」という言葉に置き換わっています。

夢は儚いもの、自分の欲求や願望を満たすものであり、エネルギーのベクトルが自分に向かっていて、実は身体で検証するとエネルギーが虚な状態となります。

それに対して「志」は、命をかけて成し遂げるべき天命、使命であり、世のため人のため、ひいては自分のため、というものであり、たとえ志半ばで死んだとしても跡を引き継ぐ人がいる、というものです。エネルギーのベクトルが自分から外に向いていて、身体で検証するとエネルギーが循環して強い状態になります。即ち、志に生きていると自然に身体は強い状態になっており、これが元氣な状態と言えます。

痛みや病気は身体からのメッセージです。必ず、本当の原因があり病気になった目的があります。そして「この病や痛みから解放された先に一体何をするのか? 何を成し遂げるためにこの病を治すのか?」という、病を通しての「気づき」が必要なのです。(だから「病気」=病からの気づき、と書くのです。)

この気づきこそが、自らの「志」を知ること、そして「志に生きる」ことだと私は確信しています。

健康であるための一番の目的、それは生きる方向性をしっかりと定めること、ぶれない軸を持って「志に生きる」ことなのです。そこに気づかなければ病気が治る意味がないし、また病や痛みを繰り返すことになるでしょう。(実際、多くの人がそのパターンに嵌っています。) 自律医療の根本は、生きる目的、志命をしっかり持って、軸をぶらさず生き抜くことと言えます。